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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)47号 判決

原告 ジヨーン・ヘンリー・ウイツギンス

被告 特許庁長官

主文

特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第八二四号事件につき昭和二十八年十二月七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、原告は「乾封ガスホルダー」なる発明につき、西暦一九四九年(昭和二十四年)二月十六日にアメリカ合衆国にした特許出願に基き、連合国人工業所有権戦後措置令第九条による優先権を主張して昭和二十四年十月五日特許庁に特許出願(昭和二十四年特許願第一〇一八七号)をしたところ拒絶査定を受けたので、同年十月二十五日に抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十六年抗告審判第八二四号事件として審理された上昭和二十八年十二月七日に右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、審決書謄本は昭和二十九年一月五日原告に送達された。

二、審決はその理由として昭和六年実用新案出願公告第一五六〇三号公報(甲第三号証)を引用し、本願発明を以て右引用例の考案と同一のものとし本願発明はその出願前国内に於て頒布された右公報に容易に実施し得る程度に記載されているから、新規な工業的発明と認められないとしているが、この解釈は不当のものである。即ち、

原告が昭和二十六年十月二十五日に提出した本願の訂正明細書(甲第二号証)によれば、本願発明の要旨は「垂直に運動し得るピストンを容器中に有し、該ピストンと容器側壁との間に形成された環状空間中に柔軟性幕状の密閉装置を配置し、該密閉装置は二つの同心状に配置された異つた直径の環状柔軟性機素より成り、更にピストンの周囲より上方に突出している環状裏支持材及び該裏支持材と容器側壁との間に設置された同心状の垂直に動き得る環状裏支持材を含む補強構造を有し、上記環状柔軟性機素の一方は容器側壁と該同心状の環状裏支持材の下端部との間に接着され、他方の環状柔軟性機素はその内端部がピストンの周縁に接着され、その外端部が同心状の環状裏支持材に接着され、且前記同心状の環状裏支持材の上端に隣接して内部に突出している強固な環状の梁を設け、以て前記柔軟性機素の一方はピストン全運動を通じてそれと共に動くようにし、他方の柔軟性機素はピストンの一部の運動の間は容器側壁に対し静止し、ピストンの残りの運動の間はピストンと共に動くようにした流体貯蔵装置」に存するものと解すべきである(審決は原告が昭和二十六年四月二十一日に差出した訂正書に基き本願発明の要旨を認定しているが、右は正確ではない)ところ、引用例の公報に記載されたものは「多段式瓦斯槽の各隣接胴体をしてその内方胴体(1)の下端部に設けた外鍔輪(2)と外方胴体(1)の上端部に設けた内鍔輪(3)とを互に係合するようにし、各内方胴体(1)の下端部には可撓性筒体(4)の一端を気密に定着し該可撓性筒体(4)の他端はその外方胴体(1)の内周に固定した輪環(8)に気密に定着して可撓性筒体(4)と外方胴体(1)との間隙内に液体を充満させるようにした多段式瓦斯槽気密装置の構造」に係るものであり、両者を対比すれば、その相違は次の五点にある。

(イ)、前者は容器側壁が一体に構成された普通の貯蔵槽に関するものであり、後者は容器側壁が数段から成り、伸縮し得る多段式瓦斯槽に関するものであるから、両者は根本的に貯蔵槽の形式を異にする。

(ロ)、前者は槽の高さに変化なく、上蓋は常に一定の位置を保持し、その内部に上下運動するピストンを設けたものであるが、後者は多段式であるから槽の高さは瓦斯量によつて変化し、その上蓋がピストン作用をするものである。

(ハ)、前者は容器内に設けたピストンと容器側壁との間に形成された環状空間中に異つた直径を有する二つの環状機素を配置し、更にピストンの周囲から上方に突出する環状裏支持材及び該裏支持材と容器側壁との間に容器と同心的の垂直に動き得る環状裏支持材から成る補強構造を有しているが、後者はこのような環状空間及び補強構造を有しておらず、僅かに胴と胴との間に間隙を有するに過ぎない。

(ニ)、前者は容器と同心状の垂直に動き得る環状裏支持材の上端に内方に突出している強固な環状の梁を設けて該裏支持材の上下運動を助けているが、後者はこのような機構を有していない。

(ホ)、後者は可撓性筒体と胴体との間に液体を入れ気密を保持すると共に上段胴体を該液体内に重合沈下させるものであるが、前者はこのような機構を全く有していない。

以上のように本願発明と引用例の考案とはその形式を異にするばかりでなく、その構成に於ても全く異つているから、引用例の存在に拘らず、本願発明は特許法第一条所定の特許要件を具備しているものとしなければならない。然るに審決は本願発明が補強構造を設けている点につき「本願発明の一実施形態を示すべく掲げられた実施例図面第三図及び第四図に示された装置と引用公報の第一図に示された装置とを比較してみると、外側の固定胴部の内側に順次中間胴部及び側端を閉鎖した内側胴部を配置し各隣接胴部間を密閉するに当り同心状に配置された異つた周囲を有する内外二個の環状の柔軟性密閉機素を用い、外側の密閉機素の外縁を外側の固定胴部の内壁に、その内縁を中間胴部の外壁に、また内側の密閉機素の外縁を中間胴部の内壁に、その内縁を中間胴部の外壁にそれぞれ定着した構造において同一である」と説き、その理由として「本願発明において容器と称するものは引用例の装置の固定外側胴部の高さを一層高くしたに過ぎないものであり、ピストンと称するものは引用例における上端を閉鎖した内側胴部に相当し、さらに本願発明に言う堅固な補強材なるものは引用例の中間胴部に、2個の柔軟性密閉機素は前記中間胴部の内外両側壁にそれぞれ周縁部を定着した2個の柔軟性環状密閉機素に相当するものである」と説明しているが、引用例の固定外側胴部の高さを一層高くしても上蓋がない以上本願発明の容器と同一とはならない。又本願発明におけるピストンと引用例における上端を閉鎖した内側胴部とはピストンの役目を果す点では同様であるが、前者はその周囲から上方に突出した環状の裏支持材を有し、之を容器即ち貯槽内に設けたものであるのに、引用例にはこのような裏支持材がない。又引用例の中間胴部は柔軟性環状機素に密接するものではないから補強材としての役目を果すものではなく、即ちもしそれが柔軟性環状機素に密接するものとすれば液体は使用できないこととなるのである。要するに審決は引用例における中間胴体を補強材と誤認し、且本願発明における上方に突出した裏支持材を有するピストンと引用例における上蓋を有する内方胴体とを同一視した誤りをしたものである。

更に審決は「引用例の装置においては密閉機素と胴部側壁との間に液体を充満させてあるが、このようなものにおいても密閉機素は液体を介して中間胴部側壁で裏面から支持されるわけであり、且ここに液を用いたことは密閉機素の気密を良好に保持する為である旨述べられていることから判断して抗告審判請求人の云う如くこの密閉機素に充分気密に耐え得る性質の材料を使用するならば液体による気密手段は当然これを省略し得べきものと判断するのが相当で、斯る場合においては引用例における中間胴部は本発明において堅固な補強材が密閉機素を直接その裏面から支持すると同様な作動を行うものと見做し得る」旨説明しているが、之は引用例のものと本願発明とが同一であるという結論を導かんが為に仮定を設けて説明したものであつて、全く不当である。引用例における液体は密閉機素からの瓦斯の漏洩を防止するには役立つが、瓦斯圧による変形及び破損を防止することはできない、本願発明ではこのような液体の気密手段を排してピストンの周囲から上方に突出した環状の裏支持材及び中間に設けた同心状の環状裏支持材に依り二つの密閉機素を保護する点を発明構成の一要件とするものであるに拘らず、この裏支持材に対しては何等の引例を示すことなく単に前記のような仮定をすることは事実を無視したものであつて、たとえ完全な気密性の密閉機素があつたとしても、その耐久性を維持する為には裏支持材を設ける方が有利であること勿論である。

尚本願発明では中間の同心状裏支持材の上端に内方に突出した強固な環状の梁を設けることを要旨の一部としており、この梁を設けることによりピストンが上昇する際にピストンの周囲から上方に突出して設けられた裏支持材に併合して同心状裏支持材が垂直に上下運動し得る効果があるのであるが、審決はこの点につき何等の審理判断もしていない。

又本願発明は頂部を有する容器中で垂直に運動し得るピストンを設けたものであるから、柔軟性幕状密閉機素の内外の圧力を容易に調節し得て幕状物の耐久力を増大し且ガスの滲透を阻止し得るものであつて、この効果は明細書中には記載されてないけれども、本願発明が本質的に有する効果であつて、この点は抗告審判に於て当然審理されるべきであるのにこの点の審理をせずしてなされた審決は失当である。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだと述べ、被告指定代理人は事実の答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

原告主張の本願発明と引用例の考案との相違点

(イ)につき、本願発明におけるピストン、之と一体の環状裏支持材、該環状裏支持材と容器側壁との間に設置された同心状の垂直に動き得る環状裏支持材、容器側壁と同心状の環状裏支持材の下端部との間に接着された一方の環状柔軟性機素と、内端がピストンの周縁に接着され外端部が同心状の環状裏支持材に接着された他方の環状柔軟性機素との関係的構成が、引用例における側端を閉鎖した内側胴体、該内側胴体と固定の外側胴体壁との間に設置された同心状の垂直に動き得る中間胴体、固定の外側胴体と中間胴体の下端部との間に接着された一方の可撓性筒体と、内端が内側胴体の周縁部に接着され外端部が中間胴体に接着された他方の可撓性筒体との関係的構成と軌を一にしていることが明らかであり、一方本願発明の訂正明細書で発明の目的が「ピストンと容器の側壁間の柔軟性幕状密閉装置上に加わる圧力を有効に吸収して前記密閉装置にピストンの上下運動間に略予定した形状をとらしめ、且密閉機素の皺割り及び破損を最小限に止めるようにした云々」となつていることから見ても、前記各部分の関係的構成において本願発明を検討すべきであつて、単に貯蔵槽の形式上の相違を以て両者の差異を論ずるのは当を得ないものである。而して原告は本願発明における容器をその明細書の実施図面に示した「頂部を有する密閉の容器」とし、その前提の下に右(イ)の相違点に関する主張をしているものと解せられるところ、右明細書特にその特許請求の範囲には単に「垂直に運動し得る円筒状のピストンを有する容器」としてあるに過ぎず右の「頂部を有する密閉の容器」なる説明は存しない。一般に容器なるものの形態は必ずしも常に「頂部を有する密閉の」ものと限らず、開口部を有する形態のものも含まれるから、特許請求の範囲にいわゆる容器は引用例の外側胴体とは何等異るところがないものと言わなければならず、偶々本願発明の実施例図面では貯蔵槽にガスが充満した状態(第四図)に於て「同心状の環状裏支持材」の頂部が原告の考える容器の頂部に達して前記支持材が之より上方に移行することを阻止している状態を示しているが、このような構成は本願発明の要旨外になつていることは明らかであり、そうすれば本願発明における「容器」はその設計技術の範囲内に於て従来公知の引用例における外側胴体と全く同一の形態とし得る危険が多分にあり、このような事は到底許すべからざるところである。更に又原告が本願発明における「容器」が「頂部を有する密閉容器」であるが故に引用例の外側胴体と異るものであると主張するのであれば、それは何等合理的目的を有しない型に関する単なる相違を主張するに過ぎないものであつて、本願発明が特許法にいう発明を構成することの証拠とはならない。

(ロ)につき、原告主張のこの相違点も(イ)の相違点と同様貯蔵槽の形式に関するものであつて、前述の本願発明の目的とするところから見て前記各部の関係的構成につき比較を論ずべきであつて、この見地に立てば「槽の高さに変化のないこと」が本願発明の目的から見てその発明構成上不可分の関係にあるものとは認められない。

(ハ)の相違点として原告の主張するところは審決の説明を十分に了解しない結果に外ならないのであつて、審決の説明を補足するに、引用例に於て密閉機素と胴部側壁との間に液体を充満させなければならない理由につき引用例の公報には単に密閉機素の気密を良好にする為と記載してあるに過ぎないが、この密閉機素と胴部側壁との間に充満された液体は貯蔵槽のガス圧に対抗すると共に更に常に密閉機素を伸張状態に置く(この事は引用刊行物第二図において固定の外側胴体に対し中間胴体が最高位置をとつている状態に於ても尚密閉機素の下部に若干のたるみを持たせてあることにより認められる)作用をも併せ有するものであることは技術常識から判断して容易に認められるところであり、従つて引用例に於ても密閉機素の気密を保持しようとする思想、密閉機素をガス圧に対抗させようとする思想及び原告のいわゆる密閉機素の変形を防止しようとする思想の存在することは之を認めるに難くはない。尚審決が「密閉機素に十分気密に耐え得る性質の材料を使用するならば、液体による気密手段は当然これを省略し得べきものと判断するのが相当」としたのに対し、原告が之を以て仮定を設けて説明したものと主張するけれども、本願発明も引用例も「望遠鏡の鏡胴の如く重層する各分割された胴を互に伸張或は収縮するようにし、且互に隣接する各胴体間を気密に連結し、而もこれ等の間に軸線方向の関係運動を許容する為、之等を環状の柔軟性機素で連結した構成を有するガス貯蔵槽」に関するものであることに変りはなく、このようなガス貯蔵槽において前記柔軟性機素に機密を保持させる為特に引用例に於ては胴体と密閉機素との間に液体を充満させたものと解せられる。即ち発明思想の成立過程について考察すれば、先ず胴体間を単に密閉機素で連結したものが最初に着想され、このものの気密機素そのものだけでは気密保持が十分でないことを考慮し、引用例のような特別手段がその次に採られたものと解すべきであり、従つて本願発明のように密閉機素そのものだけで他に何等気密手段のないものは引用例に見られる技術思想の当然の基礎的思想であることが明らかであるから、審決に於て「密閉機素に十分気密に耐え得る云々」と言つたまでで、原告の言うように「仮定のもとに事実を無視した」ものではなく、審決が引用例の装置のように胴体と密閉機素との間に液体を充満させたものも、又本願発明のように液体を充満させないものも発明思想から見て実質的に差異がないものとしたのは正当である。仮に引用例に於て内、中、外の各胴体間に液体を保有させることが各胴体間を気密に保持する為の重要な第一条件であつて、可撓性筒体を以て各胴体間を連結することは、この液体を各胴体間の所要位置に保有させる為の寧ろ第二義的の条件であると見ても、引用例に於て前記可撓性筒体の構成材料として挙げた中に皮革が示されてあり、一方皮革は皮革製バケツに使用し得るように水密が要求される物品の構成材料として使用し得ると同時に、例えば鞴に於て見られるように圧力気体に対する気密を要求される物品の構成材料として使用し得ることから見れば、前記のように引用例に於て可撓性筒体を皮革で構成する理由が各胴体間に収容した液体の漏洩を防止することを目的としていても、前記のように皮革が水密、気密何れの性質をも具有するから、引用例のような形態の瓦斯貯蔵槽における各胴体間の気密を保持させる為には必ずしも常に各胴体間に液体を保有する必要のないであろうと言うことは容易に想到し得るところであり、即ち可撓性筒体に皮革を用いるならば、各胴体間の液体は必要に応じて之を欠除しても機能上少しも差支えがないことは当業者が容易に想到し得るものと認められる。尚又従来の技術では皮革程度の気密材料では、之に液体を使用する以外所要の気密度を保有することが不可能であるとすれば、液体を併用せずしてそれだけで所期の目的を達成し得べき可撓性筒体については或る特定の材質のものによりそれが可能なることが立証される必要がある。然るに本願発明に於て前記可撓性筒体に相当する柔軟性幕状の密閉装置の材質について明細書中に何等具体的に述べられておらず、従つて本願発明は未だ単なる希望に過ぎずして発明としては未完成のものと言わざるを得ない。そこで引用例のものの液体を除去した場合には各胴体間の気密保持に確実を期する為可撓性筒体としての皮革はその肉厚の比較的大なるものが使用されるべく、その結果膨脹時に可撓性筒体の採る形状(即ち断面で上方に凸)は収縮時でも同様に維持され、中間胴体及び内側胴体が本願発明における二個の裏支持材と全く同様の作用効果を奏することとなるのである。又若し右の場合に引用例の可撓性筒体がその肉厚薄きに過ぎ、中間胴体との間の関係が本願発明の実施例第三図及び第四図のような状態を採らず、可撓性筒体自身の重量に依つて下方に凸となると言うならば、柔軟性幕状密閉機素の内外の圧力差等が当然関係を持つに至るべき筈であるのに、このような点につき本願の明細書中には何等の記載もされてないから、そのような主張は許されないものと言うべきである。尚原告主張の本願発明における容器側壁とピストンとの間の環状空間なるものは容器側壁とピストンの通過経路との間に画された環状の空間を指称したものと解されるところ、そのような観念の空間は引用例のものに於ても固定の外側胴体と内側胴体との間に存在するから、この点で本願発明と引用例とが相違するものとする原告の主張は失当である。

同(ニ)の相違点につき、引用例の公報の第二図には(本願発明の同心状の垂直に動き得る環状裏支持材に相当する)中間胴体の上方を欠除して示してあるだけであるが、この中間胴体の上方が固定の外側胴体の上方と同一機構、即ち上端に内鍔輪が設けられてあることは明瞭であつて、更にこの点は引用例の公報中に「各内外鍔輪(2)(3)ハ隣接胴体ノ上昇ニ際シ互ニ係合シテ順次下層ノ胴体ヲ上昇セシム……」と記載されてあるから本願発明のものとその作用に関しても全く同一である。

同(ホ)の相違点につき、この点の原告の主張も被告が以上述べたところから、その失当なることが明らかである。

尚本願発明が頂部を有する容器中に垂直に運動し得るピストンを設けたものであるから柔軟性幕状密閉機素の内外の圧力を容易に調節し得ると言う原告の主張(このような作用効果は本願の明細書には少しも記載されてない)につき、本願発明に於て外側の容器が原告の言うような頂蓋を有する密閉機素であり又この容器はその明細書添付の実施例の図面によつても他に何等の装置をも有さないことが明らかである以上、原告が内部のピストンの上下運動に依つて柔軟性幕状物の内外の圧力を容易に調節し得ると主張する根拠を了解するに苦しむ。

従つて原告の主張はその理由がなく、本訴請求は失当である。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の答弁に対し、

被告は本願発明の特許請求の範囲には単に垂直に運動し得る円筒状ピストンを有する容器と記載してあるに過ぎず、従つてこのいわゆる容器は必ずしも常に頂部を有する密閉のものと限らず、開口部を有する形態のものも含まれるから、特許請求の範囲にいわゆる容器は引用例の外側胴体と何等異るところがないと主張するけれども、本願発明はその名称に「乾封ガスホルダー」なる語句を使用しているところ、ガスホルダー(ガスタンク)として或は揮発性液体等のホルダーとして頂蓋を有しないホルダーは考えられない。又その特許請求の範囲において「垂直に運動し得る円筒状のピストンを有する容器」と記載し、図面の略解の項において「本発明を具体的に現わすガスホルダーの断片的垂直縦断面図」と記載してあるから、本願の明細書では「ピストンを有する容器」とは「頂蓋を有する密閉容器」と解するのが常識に合致する。被告の右主張は容器なる語にとらわれて本願発明の要旨を十分に理解しないことによるものである。又被告は本願発明に於て柔軟性幕状の密閉装置の材質について明細書中に何等具体的に述べられてないから本願発明が発明として未完成のものであると主張するけれども、本願発明は柔軟性幕状物の材質に関する発明でなく、幕状物は従来一般に使用されている皮革ヅツク等を使用して十分その目的を達し得るものであるから、材質について具体的説明がなくても発明が未完成であるとすることはできない。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第一及び第二号証によれば本願発明の要旨は「頂蓋及び垂直に運動し得る円筒状のピストンを有する容器を包含し、柔軟性幕状の密閉装置を右ピストンと容器の壁との間に形成された環状空間中に配置し、右密閉装置は二つの同心状に配置された直径を異にする環状柔軟性機素から成り、その一方はピストンの全運動間ピストンと共に動くようにピストンに固着され、他方はピストンの運動の一部の間は容器の壁と共に静止し、ピストンの運動の残部の間はピストンと共に動き、更にピストンの周囲から上方に突出する環状の裏支持材及び容器側壁とピストン上の右裏支持材との間に設置された同心状の垂直に動き得る環状裏支持材を含む柔軟性密閉機素に対する補強構造を有し、上記環状柔軟性機素の一方は容器側壁と上記同心状裏支持材の下端部との間に設置され、他方環状柔軟性機素はその内端部はピストンの下端部に接着され、その外端部は上記同心状裏支持材に接着されており、更に右垂直可動の同心状裏支持材の上端に隣接して内方に突出する強固な環状梁を有する流体貯蔵装置」に存し、その主要目的は右裏支持材によつて柔軟性幕状密閉装置上に加わる貯蔵流体の圧力を有効に吸収して右密閉装置の損傷を最小限に止めるにあるものと認められ、右発明の要旨及び主要目的から見て右発明の要旨中柔軟性密閉機素を補強する裏支持材を設けることは本願発明の構成上の必須要件をなすものと認めることができる。

次に成立に争のない甲第三号証(引用実用新案の公報)によれば、右公報は本件特許出願前なる昭和六年十二月十七日特許局の発行したものであつて、右公報には多段式瓦斯槽において順次嵌合された互に同心状の各胴体(1)を胴体上端に取り付けた内鍔輪(2)と胴体下端に取り付けた外鍔輪(3)との係合によつて内方の胴体から順に上昇され、且各胴体(1)はその上端に滑車(14)を具備してその内方の胴体(1)を誘導し最内方胴体は上端を閉鎖し、且その滑車(11)は誘導支柱(12)に沿い転動上下するものであり、各胴体間の気密装置として外方胴体の内周略中央と内方胴体の下端外鍔輪(3)とにズツク革等から成る可撓性筒体(4)(柔軟性幕状密閉機素)の両端をそれぞれ気密に取り付け、且胴体と可撓性筒体(4)との間の間隙内に形成された水槽(13)に液体を充満させて、その部分の気密を保持させたものが記載されてあることが認められる。

よつて本願発明の要旨と右引用例の公報に記載されたところとを比較するに、両者は固定外部壁体とその内部の上下運動する二個の同心状部材とを順次直径の異る二つの環状柔軟性密閉機素で連結し、最内部可動部材の上昇を右部材からの突出部とその外方の可動部材からの内方突出部との係合に依つて右外方部材に伝えるようにし、又前記環状柔軟性密閉機素の一方は最内方部材の全運動間右部材と共に動くようにこの部材に取り付けられ、その他方は最内方部材の一部の運動の間は固定外部壁体と共に静止し、最内方部材の運動の残部の間はこの部材と共に動くようにした流体貯蔵槽である点は一致しているが、前者が固定された外壁を有する頂蓋付容器で上下運動するピストンを有し、且右ピストンと容器外壁との間に形成された環状空間中に二つの柔軟性密閉機素を配置し、右柔軟性密閉機素に加わる貯蔵流体の圧力を有効に吸収する目的で前記ピストンの周囲から上方に突出する環状裏支持材及び二つの柔軟性密閉機素を連結する同心状の環状裏支持材を設けたものであるのに対し、後者は頂蓋のない外部胴体内で望遠鏡式に伸縮する二段の内部胴体を有し最内部胴体に頂蓋を付し、各胴体間に接着した柔軟性密閉機素と胴体との間隙内に形成された水槽に液体を充満させてこの部分の気密を保持するようにしたものであつて、柔軟性密閉機素に加わる貯蔵流体の圧力を有効に吸収する目的の裏支持材を有していない点で相違しているものと言うべく、右の通り引用例がその構成の一部に本願発明のものの一部と同一のものを包含していても、本願発明の構成上の必須要件の一なる前記の柔軟性密閉機素を補強する裏支持材を欠いている為、両者は同一発明に係るものとすることはできない。

被告は引用例のものも柔軟性密閉機素は之と胴体との間隙に充満させた液体を介して中間胴体で貯蔵流体の圧力に対して裏面から支持されており、この液体の存在が一種の裏支持をしているように主張しているけれども、本願発明における裏支持は外方からの押圧力にはその大小に拘らず常に対抗するが、自分の方から外方へは決して押し出さないものである。之に反し引用例の液体による裏面からの圧力は液の深さに比例して変化するものであるから、液面近くでは殆ど支持力がなく、水槽の深さが増すに従つて強力になり、ある深さ以上では液の圧力は却つて内部からの流体圧力以上になり柔軟性機素を押し出すように作用することになるものであり、従つて引用例における液の押圧力は本願発明と同様の裏支持を与えるものと言うことはできない。

被告は又引用例のものにおいて液体による気密保持が不要である場合を仮想し、この場合には当然中間胴体が裏支持材の役をすると言う趣旨を主張しているが、前記のように引用例の公報の可撓性筒体(4)には裏支持と言う思想は全く考えられておらず、又液体の圧力に対し前記水槽(13)を形成する為には筒体(4)は相当の強靱性を有し常に一定の形状即ち中間の位置を保持することが必要であり、その結果直径方向の変形を防止するようにしてあるべきであり、従つて可撓性筒体(4)が中間胴体(1)に接着することはあり得ず、即ち水槽(13)を形成するような強靱性を有するものでは中間胴体(1)に接着せず、又中間胴体(1)に接着するようなものは水槽(13)を形成することなく、下部は液圧の為張り出すこととなり、いずれにしても被告主張のような状態とはならないものと解さなければならない。

次に被告は本願発明と引用例の公報に記載されたものとの全体の構成を比較するに当り、前者の環状裏支持材と後者の中間胴体とが均等のものである旨主張しているけれども、後者の中間胴体が前者の裏支持材の役目をしていないことは前記の通りであるばかりでなく、前記甲第一及び第二号証によれば本願発明に於ては容器外壁とピストンとの間は垂直方向だけを考えれば内外二つの環状柔軟性密閉機素で連結されているだけであつて、引用例のもののように縦方向の長さを有する可動性中間胴体に相当する何物をも必要としていないことが認められる。尤も右甲第一及び第二号証中の本願発明の実施例第三図及び第四図では裏支持材(10E)の下端一部は裏支持材であると同時に右中間胴体に相当する役目を兼ねている構成が示されてあるけれども、この実施例に於ても裏支持材(10E)の下端一部を除いた他の部分は全部専門の裏支持材であるものと解せられるに対し、引用例のものが全然裏支持材を持つていないこと前記の通りであるから、両者がその構成上均等のものでないこと明らかであり、従つて被告の右主張は理由がない。

次に被告は本願発明の特許請求の範囲に「垂直に運動し得る円筒状のピストンを有する容器」と記載してあるに過ぎないから、右「容器」の中には頂蓋のないもの即ち側壁及び底のみを有しているに過ぎないものも包含されるものとし、この場合の容器は引用例の外側固定胴体と何等異るところがなく、又仮に原告が本願発明の右容器が「頂部を有する密閉容器」であるが故に引用例の外側胴体と異るものであるとするならば、この差異は単に形式上のものであつて発明としての差異ではないと言う趣旨を主張しているけれども、本願発明の特許請求の範囲中に使用された右の「容器」なる語は前記甲第一及び第二号証(明細書及び図面)の記載内容の全体から見れば頂蓋を有するものであることが明らかであるばかりでなく、本願発明のものが引用例のものの内方胴体に相当する堅固な可動胴体を必要としないで、ピストンの上下運動に従い安全確実に潰れ又は拡がるように構成されるには外部に頂蓋付固定容器があり、その内部で運動することが役立つているのであるから、両者は互に関連を有し、共に本願発明の構成要件をなすものと言うべきであり、従つて本願発明と引用例とのこの点の差異も被告主張のように単なる形式上差異に過ぎないものとはし難く、被告の右主張も又理由のないものである。

然らば本件特許出願前に前記引用例の公報が国内に頒布されたことにより本願発明がその新規性を失うべきものではなく、従つて本件特許出願をその出願前に右公報が頒布されていたが故に本願発明が新規性がないとして排斥した審決は不当であつて、原告の本訴請求は正当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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